10月中旬の上高地の朝は、冷たく、そして熱気にあふれていました。
前日の台風騒動が嘘のように、沢渡バスターミナルには長蛇の列。
4時半の時点で、すでに多くの人が「山」を待ちわびていました。

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私の胸には、まだ小さな不安が残っている。
けれど母は、いつも通り穏やかです。
バスに揺られ、6時42分。
私たちは上高地に降り立ちました。
今日の行程は、上高地〜明神池〜徳沢〜横尾〜槍沢ロッヂ。
明日の槍ヶ岳山荘、そして穂先へと続く、大切な一日目です。
1. かつて私は「観光客」だった
河童橋に立つと、観光客と登山客が入り混じる光景が広がります。
数年前、私もここに観光客として立っていました。
大きなザックを背負い、ヘルメットを揺らしながら歩く人たちを見て、
「すごい装備だな。あの人たちはどこへ行くんだろう?」
そう思っていた。
まさか数年後、自分がそのザックを背負い、
76歳の母と槍ヶ岳を目指しているなんて。
人生は、静かに「あちら側」へと私を運んでいました。

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2. 穂高の威厳と、濁った梓川
河童橋近くのベンチで朝食をとる。
穂高連峰は厚い雲に覆われている。
昨日の雨で梓川は濁っている。
それでも、その存在感は圧倒的でした。
台風の影響は、本当に大丈夫だろうか。
3日目は南岳から天狗池を経由する3000m稜線歩きを想定していました。
しかし、この予報では難しいかもしれない。
「天気を見て、臨機応変にいこう」
母と確認し合う。
山は、挑むものではなく、向き合うもの。

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3. 神様が通る水面。明神池の祈り
明神館を過ぎ、明神橋を渡る。
空気が、変わる。
観光の喧騒が消え、明神岳がぐっと近づく。
風が吹くと、水面が走る。
まるで、何かが通り抜けたように。
風が止むと、鏡のように逆さ明神が映る。
私は、ここで静かに祈りました。
「どうか、母と無事に登れますように」
登山の安全を祈るというより、
母とこの時間を守りたい、そんな祈りでした。

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4. 小さくなった背中と、私の役目
徳沢へ向かう平坦な砂利道。
秋の風が心地よい。
歩きながら、前を行く母の背中を見る。
「あぁ、少し小さくなったな」
膝の痺れのせいか、広い道では足取りが少し右へ流れる。
後ろから来る人を気にしながら、私は声をかける。
「後ろから来てるよ」
かつて私を導いてくれた背中。
今は、私が守る番。
それでも母は、淡々と、安定した歩みで前へ進んでいました。

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5. 徳沢園。帽子のトンボという応援団
11時16分、徳沢園到着。
アルファ米にお湯を注ぎ、にしんの昆布巻きを入れる。
山の昼食は、質素だけれど格別です。
ふと見ると、母の帽子に二匹のトンボ。
本人は気づかず、黙々と食べている。
その姿に、私は笑ってしまいました。
自然は、優しく応援してくれている。
そんな気がした。

6. 横尾で告げられた「5%」
13時31分、横尾到着。
「槍沢ロッヂへ向かいます」
そう伝えると、スタッフの方が言いました。
「槍方面は全体の5%くらいです。ほとんどは涸沢ですね」
5%。
少数派。
不安ではなく、なぜか誇らしさが込み上げた。
「こっち、少ないね」
母と顔を見合わせる。
台風予報で、キャンセルも多かったのだろう。
それでも、私たちは進む。

7. 人が消えた先の、静かな山
横尾の分岐を越えると、急に人が減る。
沢の音が近くなる。
谷を歩く感覚が濃くなる。
傾斜が緩やかに増し、山登りらしくなってきた。
予報では今日だけ晴れ。
この陽射しを、体いっぱいに受け止める。
観光でも、散策でもない。
いよいよ、槍へ続く道。

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8. 槍沢ロッヂ。電波のない夜の作戦会議
15時30分、槍沢ロッヂ到着。
docomoの電波は届かない。
山小屋に掲示された予報。
「明日の午前中まで持つ。午後から雨」
勝負は、午前。
ロビー前のテーブルで自炊しながら、母と戦略を練る。
3日目の予約は取らない。
天候次第では、明日すべてを出し切る。
不安はある。
でも、それ以上に。
母とここまで来られたことが、嬉しかった。

9. いよいよ、穂先へ
この日は、体力的には余裕がありました。
けれど、心は少し緊張している。
明日、いよいよ槍ヶ岳山荘へ。
そして、あの尖った穂先へ。
かつて遠くから眺めていた「あちら側」に、
自分が立つかもしれない。
76歳の母と。
物語は、ここから本当に動き出します。

次回
「槍ヶ岳山頂へ。母と立った、あの穂先の上で」


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