【黒部源流域 山旅2日目】35年前の記憶と、北アルプス最奥地雲ノ平へ

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背景に水晶岳

1.  午前4時半。ランプの光が紡ぐ「静かなる自信」

昨日、太郎平小屋で交わした登山者たちとの会話の余韻を胸に、3時半に起床。
朝食は持参したパンで手早く済ませる。
外はまだ深い闇だ。

4時半、ヘッドランプの光を頼りに出発。
光の輪の外は一歩先も見えない暗闇だが、母は迷いなく進んでいく。
その躊躇のない足取りに、私は改めて母が積み重ねてきた「山の時間」の重さを感じ、
暗闇の中でも不思議と心地よい安心感に包まれていた。

2. 唯一、雨マークが消えた朝

空が少しずつ白み始める。
この日は、5日間の山旅で唯一、雨マークが消えた日だった。

山で会う人たちは、決まってこの先の天気の話をしていた。
最悪、残り全日が雨になる可能性もある。

母は言う。
「アルプスは、雨が当たり前だから。」

雨を前提に行動する。
その考え方に、私は何度も救われてきた。

3. 「追いかけっこ」の始まり。オコジョとの忘れられない出会い

しばらく歩くと、私たちの前に小さな、けれど驚くほど素早い影が現れた。

オコジョだ。
私たちを先導するかと思えば、追い越すとまた先回りして現れる。
まるで「遊ぼうよ」と誘っているかのような仕草に、母は夢中でスマホを構える。
「あら、また見失っちゃった!」 素早すぎるオコジョに翻弄されながら、少女のように笑う母。
ついには私の靴紐をちょんちょんと引っ張るほどの距離まで近づいてきた。

早起きした者だけがもらえる、山からの特別なギフト。この瞬間、今日という日が最高のものになると確信した。

Screenshot

4. 35年前、地図もアプリもなかった時代の「母の背中」

カベッケヶ原に差し掛かった時、視界に飛び込んできた風景に足が止まった。

「ここ、知ってる……」 記憶の底にある、セピア色の写真と同じ景色。
35年前、母は私たち兄弟3人を連れてこの道を歩いたのだ。
当時は今のようにスマホで位置を確認することも、SNSで情報を得ることもできなかった時代。
小さな子供3人を連れて、公共交通機関を乗り継ぎ、この深い山奥まで辿り着くのがどれほど大変だったか。

今だからこそ、当時の母の覚悟と強さが、静かな感動となって胸に押し寄せてきた。

35年前の写真、叔母と子供達。母が撮影。

5. 薬師沢小屋での再会。「登山は競争ではない」

8:31、薬師沢小屋に到着。

ここで昨日出会ったあの親子パーティーと三たび再会する。
「登山は競争ではないですからね」 息子さんがかけてくれた笑顔の言葉が、
知らず知らずのうちに「先を急がなきゃ」と思っていた私の心をふっと軽くしてくれた。

さらに、母がインスタの投稿を見てくださった方からお声がけいただく場面も。
母はSNSを詳しく知らないけれど、自分の存在が誰かの力になっていることに、
ただただ嬉しそうに微笑んでいた。

なんだか嬉しそうだった。

6. 「手」が語る、ベテランの登り

薬師沢からは、雲ノ平へ向けての一気の上り。
ハシゴや鎖場、岩場が続く難所だ。

ここで私は、母の意外な一面を目にする。
「足だけで登るより、手を使う方が得意なのよ」 そう言って、
岩を的確に捉え、三点支持で軽やかに体を持ち上げていく母。

76歳という年齢を感じさせない、しなやかで力強い動き。
それは、長い年月をかけて自分の体と対話してきた人だけが持つ、
機能美のような美しさだった。

3点支持は流石です。

7. 雲ノ平、日本最後の秘境に抱かれて

11:50、急登を抜けて木道へ。
一気に視界が開け、ハイマツの香りが鼻をくすぐる。

アラスカ庭園で食べるインスタントのカレー飯は、
どんな高級料理よりも美味しかった。

振り返れば、これまで歩いてきた道が遠く、長く伸びている。
「あそこから歩いてきたんだね」 母と二人、言葉少なめにその景色を眺める。

雲ノ平という場所は、辿り着いた者にしか見せない、優しくも厳しい静寂を纏っていた。

8. 水晶岳への想い。紙の地図を見つめる母の横顔

15:00、雲ノ平山荘に到着。

テラスから見える水晶岳の勇姿。
今回の旅で、私がどうしても登りたかった山。

背景に水晶岳

母は山荘に着いてからも、何度も何度も紙の山地図を広げていた。
距離を測り、時間を計算し、今の自分たちのペースを照らし合わせる。
「……無理かもしれないね」 ぽつりと呟いた母。
最後まで「行ける」と信じていた母が、現実を受け入れ、
潔く「諦める」という決断をした瞬間だった。

それは挫折ではなく、この旅を最後まで無事に終えるための、最も誠実な選択だった。

9. 「祖母岳(ばあだけ)」で見つけた、二人の庭園

夕食前、母の提案で近くの祖母岳へ。
「私はバァバだから、ここは外せないでしょ」とおどける母。

夕暮れどき、そこには私たち二人しかいなかった。
流れる雲の間から、二日後に登る予定の黒部五郎岳がちらりと姿を見せる。

あんな遠くまで行けるのだろうか。
不安がよぎる私を横目に、母はただ静かに山を見つめている。
弱音を吐かない母の隣にいると、
「この人となら行ける」という根拠のない自信が湧いてくるから不思議だ。

雲が流れて黒部五郎岳が姿を現した。

10. 21時の消灯。地図を見つめる母の背中を背に

明日からの天気予報は、再び雨。
でも、今の私には「雨前提で動く」という母の教えがある。

実はこの夜、私はひどい頭痛に襲われていた。
標高のせいか、疲れのせいか。夕食を済ませると、
楽しみにしていた談話室でのひとときも諦め、すぐに横になることにした。

ふと目を開けると、すぐ傍らで母が静かに紙の地図を見つめていた。
明日からのルートを、一歩ずつ指でなぞるかのように。
その頼もしい気配を感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。

11. 眠りの向こう、明日は旅のクライマックスへ

35年前に母が私たち兄弟を連れてきてくれたこの山を、今度は私が母と一緒に歩いている。
今はただ、この幸せを噛み締めながら、明日のために体を休めよう。

「明日は、いよいよ鷲羽岳」 母と二人なら、雨だって、この頭痛だってきっと乗り越えられる。
そんな根拠のない、でも確かな信頼を胸に、私は深い眠りへと落ちていった。

北アルプス最奥地・雲ノ平山荘

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