槍沢ロッヂでのお風呂のおかげか、珍しく熟睡できた二日目の朝。 5時38分、私たちは薄暗い静寂の中を出発しました。
天気予報は「午後から雨」。 でも、その予報が、私たち親子にひとつの「奇跡」を見せてくれることになったのです。
1. 燃え上がるような槍沢の紅葉。秋を全身で浴びて
一歩踏み出すと、そこには別世界が広がっていました。 高度を上げるにつれ、槍沢の紅葉が、目が覚めるような鮮やかさで私たちの前に現れました。
6時30分、ババ平のテント場。 「凄い……」 思わず声が漏れました。一面に広がる、色彩の洪水。 「いつか、この紅葉に包まれてテント泊をしてみたい」 初心者の私にそんな夢を抱かせるほど、生命力にあふれた秋の輝きに圧倒された瞬間でした。

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2. 「あれが槍よ!」――母の愛すべき勘違い
7時30分、乗越沢を過ぎたあたり。 突然、母が槍ヶ岳とは全く逆方向の、尖った山を指差して叫びました。
「あ!見て、槍ヶ岳よ!」
思わず吹き出してしまいました。 「母さん、あっちだよ(笑)。本当に2回も登ったことあるの?」 そんな冗談を言い合えるのも、親子登山の良さ。のんびり屋の母らしい姿に、登りの疲れも一瞬忘れました。

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3. 天狗池の奇跡。ガスが晴れ、現れた「憧れの君」
9時55分、母がずっと来たがっていた天狗池に到着。 周囲は真っ白なガスに包まれ、槍ヶ岳の姿はどこにもありません。
「見れていれば、あの辺ですかね?」 近くにいた登山者の方とそんな話をしていた、その時です。
指を差した先の雲が、生き物のように割れました。 「あ……!」 現れたのは、鋭く天を突く槍ヶ岳。 「おー!!」 その場にいた全員から、自然と歓声が上がりました。風が止み、池にはくっきりと「逆さ槍」。 母の「来れて嬉しい」という呟きが、静かな池に溶けていきました。

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4. 近づくほどに湧き上がる力と、母の「槍ポーズ」
天狗池を後にし、槍ヶ岳山荘への登りに差し掛かると、槍の姿は出たり消えたり。 そのたびに、母は何度も槍を見上げていました。
一歩一歩、何かを確認するように。覚悟を決め直すように。 カメラを向けると、母が「よしやるぞ!」と言わんばかりに槍ポーズを決めてくれました。その姿がなんだかとても可愛らしくて。でも、母の心は確実に「山頂」へと向き始めていました。

5. 標高3,000mの絶景。雲海を突き抜けた「確信」
15時00分、ついに槍ヶ岳山荘に到着。 山小屋の窓の向こうには、どこまでも、どこまでも続く真っ白な雲海が広がっていました。
下界は予報通り雨なのかもしれない。けれど、私たちは今、その雨雲を突き抜けて「上の世界」にいる。 「これは、山頂はとんでもないことになるぞ」 私は窓の外を見て確信しました。

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6. 母の覚悟。「軍手、売ってますか?」
そんな私とは対照的に、母は景色に目をくれることもなく、淡々と、静かに「登る準備」を始めました。 そしてチェックインの際、小屋番さんにこう尋ねたのです。
「軍手、売ってますか?」
その一言で分かりました。 「山頂は登れればでいい」と言っていた母の、スイッチが入った。 76歳。岩場を掴み、自分の力で登り切るという、ベテランの覚悟。

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7. グータッチ。いざ、穂先へ
相部屋に荷物を置き、最小限の装備で外へ出ると、ガスはすっかり取れ、槍ヶ岳の穂先が「来い」と言わんばかりに目の前にそびえ立っていました。
もう、言葉はいりません。 母と、力強くグータッチ。
「行くよ、お母さん」 「ええ」
私たちは今、3,180メートルの頂へ向けて、最後の一歩を踏み出します。
次回、ついに76歳の母と45歳の息子、槍ヶ岳山頂へ。そこで見た景色は――。
【お知らせ】 Instagramでは、この時の槍ヶ岳の様子を動画で投稿しています。 天狗池で雲が晴れた瞬間の感動や、母さんとの道中など、写真だけでは伝えきれない山の息吹をぜひチェックしてみてください!
[Instagramアカウント名@tk.zero123]

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