1. 山の余韻と、東京の喧騒と。
いつものデスク。いつもの受話器。
でも違っていた。
始業後、電話は止まらないのに、心はまだ山の上に置いてきたまま。
昨日までの静けさと、今日の喧騒の差に、言葉にならない違和感を抱えていた。
仕事を終えて東京駅へ向かう人の流れは、速い。
でも私の中の時計は、まだゆっくり進んでいた。
「この熱のまま、今しか書けない記録を残そう」
そう思ってInstagramを開いた。
2. 出発の朝と山影の予兆
2025年7月20日
午前5:30。車の窓から五竜岳が見えた。
それはただの山影なのに、これから始まる物語の輪郭のように見えて、胸が少し熱くなった。
朝の空気は、まだ冷たい。澄んでいる。
ゴンドラの列は長く、登山口の八方池山荘に着いたのは8:50。
待ち時間さえ特別に感じられた。
標高へ上がるごとに、胸の高鳴りも高度を増していった。

3. 八方池でのリフレクション
これから3日間、76歳の母との山旅が始まる。
唐松岳と五竜岳を登る山行だ。
高齢の母にとってはチャレンジなことであった。
9:00、八方池山荘を出発。
母はヘルメットをザックに下げていたことで、シニアご夫婦から声をかけられ、
行き先を「五竜岳です」と答えた瞬間、驚きとまっすぐなエールを頂いていた。
「いってらっしゃい。お気をつけて」
その言葉を背に、私たちの山旅が始まった。
登りは整備された道。スニーカーの人も、本格装備の人もいて、見ていて楽しい。
私と母の歩みはゆっくり。追い越される度に道を譲る。
でも――譲るたびに思った。
急がなくていい。時間には、余裕があるし、着実に登っている。
八方池の手前には小さな雪渓。白い残雪に思わず笑みがこぼれる。
そして八方池へ到着。微風。鏡のような水面に、アルプスの山々が揺れて映っていた。
ここまではハイキング。
でも、ここから先が本番。ここから先が私たちの物語。
絶景を見ながら昼休憩。
鎖場へ向かう前の鼓動が、少しだけ落ち着いた。

4. 空気が変わる。岩と雲と風の境界へ。
八方池を越えると、登山道は一気に本気の顔になる。
スニーカーや私服のハイカーはもういない。
それでも7月の三連休の真ん中。唐松岳の人気もあって、人の波は途切れなかった。
そして――とにかく暑い。
雪渓が現れるたび、ひんやりした空気が救いになる。
扇のように広がる扇雪渓は迫力満点で、自然と足が止まった。
ここで気が緩んだのか、雪に足を取られ思わず転倒。
幸いケガはなかった。でも人が多い分だけ、恥ずかしさがこみ上げる。
ゆっくりと雪の上を進んでくる母の姿が見えた。
稜線の上なのに焦らない足取り。やっぱりこの人は強い。
休憩中、カップラーメンをすする登山者と目が合った。
その瞬間、母は自然に声をかけていた。
「最高ですね」
その一言に、山の時間の贅沢さが全部つまっていた。

5. 唐松頂上山荘 到着
丸山ケルンでひと息ついた頃には、山の上部はすっかり雲の中。
それでも、稜線には北アルプス特有の風が通り抜けていた。重くて鋭い岩場と、流れる雲。その境界線の上に立っている実感。
ここから先は鎖場と岩場の連続。
登ってくる人、下っていく人が入り交じり、難所は小さな渋滞になっていた。
下山ゴンドラの最終時間を気にして、急ぎ足の人もいる。
すれ違うたび「山の時間って、人それぞれ違うんだな」としみじみ。
母は山小屋泊、私はテント装備でザック重め。ペースはゆっくり。
追い越されるたび、道を譲る。けれどそれすら――
贅沢な余韻の一部だった。
ふと、視界の先に赤い屋根の建物が浮かんだ。
唐松頂上山荘だ。
到着時刻 14:50
高度は 2,696m
大きなザックを降ろして深呼吸。
ここまで来れた。今日の私たち、最高すぎた。
6. 岩稜の先へ。テント場の試練と、頂で交わす合図。
唐松岳頂上山荘で、母は山小屋へチェックイン。
私はテント場へ。
その時はじめて知った。
テント場が、想像よりずっと下にあること。
トイレも山荘まで戻らないと無い。
テントを張れるスペースを探しながら下るも、上部はすでに満員。
結局、真ん中より少し下で「ここならいけるかも」の場所を確保した。
景色は抜群。でも――トイレは遠い。
苦笑いしつつも、山の一日ってこういうもんだよね、と腹をくくる。
テントを張り終えてひと息つくと、隣のテントの登山者と自然に会話が始まった。
白馬岳→不帰キレット→唐松岳を越えてきた猛者。
装備も山歴もガチ。でも話すとあったかい。
山の話ってさ、止まらないんですよね(笑)
そこへ母も合流して、気づけば3人で笑いながら山談義。
唐松岳は初心者にも優しいけれど、後立山連峰の縦走は一筋縄じゃいかない。
それを軽々と言葉で語る人たちの話は、聞いているだけで胸が熱くなる。
「次はどの尾根いくの?」
そんな会話の流れのまま、母といったん別れ、
夕日が落ちる前にもう一度、2人で唐松岳の頂へ向かうことに決めた。

山荘前で再合流したのは 18:20。
雲はほどけ、空は金色へシフトし始めていた。
歩き出す速度はゆっくり。
でも心の速度はMAX(笑)
岩稜を少し登って振り返ると、明日歩く五竜岳が近い。
重厚なシルエットで「待ってるぞ」と言わんばかり。
正面には剱岳。静かで気高く、美しすぎた。
その姿を見た瞬間――
山を歩ける日があること、その全部にありがとうと思いながら。
母と同じ尾根に立てた今日という日に、胸の奥で静かに感動が流れていました。
到着時刻 18:40
標高 2,696m
唐松岳、登頂。
山頂で母と写真。
雲間からのフィナーレは、最高すぎる夕陽。
そして交わしたのはいつもの合図:
「グータッチ🤜🤛」
言葉はいらない。全部ここにある。

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