【黒部源流域 山旅3日目】一瞬の御来光と、猛烈なスコール。北アルプスの洗礼を受けた日

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1. 静寂のパッキングと、回復の朝

3日目の朝、3時45分。 幸いにも昨夜の頭痛は消えていた。

山小屋の朝は、物音ひとつ立てないのがマナーだ。 枕元に置いておいた服に静かに着替え、パッキング済みの荷物を抱えて談話室へ移動する。

日焼け止めを塗り、出発の段取りを頭の中で反芻する。 4時55分、まだ暗い雲ノ平山荘を出発した。

今日は4つのピークを越える10kmの長丁場だ。 「水晶岳」への未練はもう完全に吹っ切れている。 今の目的はただ一つ、母と一緒にこの最奥の地を最後まで歩き抜くことだ。

2. 期待しなかったから出会えた、一瞬の御来光

どんよりとした空の下、最初のピーク「祖父岳(じいだけ)」を目指す。 「今日は朝日は無理だろう」と思っていた、その時だった。

稜線と雲のわずかな隙間から、太陽が顔を出した。 期待していなかった分、その輝きは身体の芯まで温めてくれるようだった。

振り返れば、文字通り「平ら」な大地が雲の上に浮かぶ、幻想的な雲ノ平。 母と二人、その景色を眺めながら、「雲ノ平」という名の由来を肌で感じていた。

3. 憧れの鷲羽岳へ、雲を抜ける旅

祖父岳の山頂は真っ白なガスに覆われていたが、休憩していると風が雲を押し流した。 その隙間から突如として現れたのが、**鷲羽岳(わしばだけ)**の雄大な姿だ。

昨年の登山で遠くから眺め、「いつかあそこに立ちたい」と願っていた憧れの山。

35年前に母が幼い私を連れて歩いた裏銀座の分岐を通り過ぎ、一歩ずつ、その頂へと近づいていく。 母の足取りはゆっくりだが、決して止まることはない。

4. 山頂の「当たらない地図」と、母の笑顔

岩場を越え、2,924mの鷲羽岳山頂に立った瞬間、嘘のようにガスが晴れた。

足元にはエメラルドグリーンに輝く鷲羽池。 私にとっては憧れの頂点だ。そこに母と一緒に立てたことが、何より嬉しかった。

山頂で母は、いつものように紙の地図を広げ、「あれが〇〇岳よ」と指をさす。 正直に言えば、その予測はだいたい外れているのだが(笑)。

でも、地図を広げる母の楽しそうな横顔を見ていると、正解なんてどうでもよくなる。 今、この瞬間を母が全力で楽しんでいる。それがすべてだった。

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5. 三俣山荘のリンゴケーキと、変わった風の匂い

三俣山荘で食べたジビエ丼とリンゴケーキ。 今でも母が「あのケーキは本当に美味しかった」と口にするほど、山の上での甘い時間は格別だった。

しかし、外のベンチで寛いでいると、ふっと風の匂いが変わったのが分かった。

「来る。雨だ」

山の空気が一変する。 私たちは急いで、三俣蓮華岳への登りへと足を進めた。

6. スコールの中で、静かに傘を差しかざす

三俣蓮華岳の山頂直下、雨のカーテンが物凄いスピードで私たちを飲み込んだ。 私はすぐに雨具を着られたが、母はザックの奥にしまっていたのか、手間取っている。

「どうして出しやすい所に入れておかなかったのか」

喉元まで出かかった言葉を、私は胸の奥に静かにしまい込んだ。 焦る母の隣で、私は持っていた折りたたみ傘を黙って差しかざす。

かつて、母に遅れまいと歩いていた10歳の私。 今は私が傘を差し、母が雨具を着るのを待つ番だ。

激しい雨音の中、そんな「役割の交代」を、心の中で静かに受け入れていた。

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7. 疲労の果ての、山小屋でのグータッチ

16時24分、霧雨と強風の中、ようやく黒部五郎小舎に辿り着いた。 疲労困憊の私とは対照的に、母はどこまでも冷静だった。

小屋の前で、いつものグータッチを交わす。 「お疲れ様、よく歩いたね」

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その日の宿泊客は、わずか8人。 激しい雨予報の中、この最奥地に留まった8人には、不思議な一体感が生まれていた。

温かい食事を囲み、明日の天気を憂いながらも、どこか誇らしげな顔をした登山者たち。 私たちは、明日もまた「進むこと」を決めた。

8. 降り続く雨の音を聞きながら

深夜、屋根を叩く激しい雨音に何度も目が覚めた。

「明日、停滞した方がいいかしら……」

流石の母も、夜中にぽつりと不安を口にした。 窓の外は、一寸先も見えない雨の世界。

4日目は、いよいよ黒部五郎岳を目指す。 この旅で一番の正念場、雨宿りの無い長距離を歩く一日となる。

母の言葉を隣で聞きながら、少しの不安を抱えたまま、私は再び眠りについた。

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