【黒部源流域 山旅5日目完結編】76歳の母と目指した北アルプスの最奥。下山した私たちが手にした「宝物」

Uncategorized

1. 一人で歩き出した朝、母のいない山道で思ったこと

最終日の朝は、4時45分に始まった。
太郎平小屋から、薬師岳へ。今日は母と別行動だ。薬師岳は私が一人で登り、太郎平小屋に戻ってから、母と合流して折立へ下山する。

外は真っ暗で、これまで当たり前のように隣を歩いていた母はいない。
木道を歩き出すと、聞こえるのは自分のくま鈴の音だけ。前にも後ろにも、ヘッドランプの光はない。

「こんなに静かだっただろうか」

Screenshot

孤独というより、心細さに近い感覚だった。
万が一に備え、くま撃退スプレーを胸元に差し込む。
5日間の黒部源流 縦走で、私はずっと“母と一緒にいる山”に慣れていたのだと気づかされる。

Screenshot

2. へ、一人で向かいながら母を想う

太郎平キャンプ場を足早に通過する。熊の話が頭をよぎるが、考えないようにする。
5時半を過ぎ、空が明るくなっただけで、気持ちは驚くほど軽くなった。

誰ともすれ違わない山道は、静寂に包まれていて心地よい。
薬師峠で小休憩を取り、気づけば孤独さえ楽しんでいた。

6時20分、二羽の雷鳥と出会う。
私の前を、まるで道案内をするように歩く。話しかけると、鳴き声で応えてくれているような気がした。

この山で、母も雷鳥に出会って喜んでいた。
そんな姿が、自然と浮かぶ。

3. 山頂で見た景色より、胸に残ったもの

薬師岳山荘を過ぎても、ガスは濃いままだった。
「今日は景色は望めないかもしれない」
そう思いながら歩き続ける。

山頂直前、太陽がガスの中からうっすらと姿を現した。
期待していなかったからこそ、胸が高鳴る。

Screenshot

山頂に立つと、ほんのわずか、雲と雲の切れ間に青空が広がった。
10分ほどの、短い晴れ間だった。

私は山に感謝した。
この景色を見せてくれたことよりも、ここまで無事に歩かせてくれたことに。

Screenshot

下山を始めると、山頂は再びガスに包まれた。
「必要な分だけ、与えてくれたんだな」
そう思えた。

3. 旅が繋いだ「出会い」という絆

下山中、登山道に熊が出たという情報を得て、「ホーホー」と声を上げながら急いで太郎平小屋へ戻った。

太郎平小屋が見えた

10時25分、小屋に戻ると、母はそこで仲良くなったという女性と一緒に、笑顔で私を待っていた。

母はどこへ行っても、いつの間にか誰かと心を通わせている。
76歳の挑戦を続ける母の明るさは、山で出会う人々をも惹きつける力があるのだ。
天候は下り坂だったが、母の元気な顔を見て、私の心は晴れやかだった。

5. 雨の中のハプニングと、母の逞しさ

11時5分、軽めの食事を済ませて、いよいよ最終目的地「折立」へと下山を開始した。
この5日間、雨が降らなかった日は1日しかない。最後もやはり雨だった。

レインウェアを着るのにもたつく母を手伝おうと傘を差し出すと、歩き出した母が違和感を口にした。
「なんだか歩きづらいわ……」 見ると、レインウェアのズボンを前後逆に着ている。
思わず笑みがこぼれたが、雨と雷が強まってきたため、そのまま進むことにした。
滝雲をバックに、不格好なズボンで一歩ずつ下る母。その姿は、どんな熟練の登山者よりも逞しく見えた。

6. ツアー客の撤退と、二人の決断

激しい雷鳴が響く中、10人ほどのツアー客とすれ違った。
彼らは「落雷のリスクがあるため撤退する」という。
多人数での移動には多くの制約が伴う。
もし私たちがツアーに参加していたら、この北アルプスの親子登山は途中で断念せざるを得なかったかもしれない。
自分たちのペースを信じ、お互いの体調を確認しながら進める個人山行だからこそ、私たちはここまで来られたのだ。

7. 35年前の景色と、小さくなった母の背中

視界に有峰湖が見えた瞬間、「あっ、ここだ」と直感した。
小学生の頃、写真で見たあの風景。
35年前、母は確かに私を連れてここを歩いていた。

35年前

当時の記憶はほとんど残っていないけれど、今、こうして自分の足で立ち、同じ景色を眺めている事実に、胸が熱くなる。

Screenshot

ふと前を歩く母の背中を見ると、以前よりも明らかに小さくなっていることに気づいた。
高齢になり、身長は5センチも縮んだらしい。
それでも、一生懸命に地面を踏みしめるその背中には、昔と変わらない「母としての強さ」が宿っていた。

Screenshot

8. 電波の届かない場所で深まる「親子の絆」

携帯電話の電波さえ届かない北アルプスの奥地。
そこでは、デジタルな情報に惑わされることなく、ただ目の前の山と、目の前の母に全神経を集中させる。
母の足取り、息遣い、顔色。
そして母もまた、私のことを気遣ってくれる。

日常では照れくさくてできないような「相手を想う」こと。
この黒部源流縦走という過酷な旅が、親子の絆を、再び強く結び直してくれたのだと感じた。

9. 結び:50kmの終わり、そして一生の宝物

16時30分、ついに折立登山口に到着。
5日ぶりに帰ってきた下界の空気は、少しだけ重く、けれど達成感に満ちていた。
「お疲れ様!」 母と交わした、力強いグータッチ。

Screenshot

5日間で歩いた距離は、50kmを超えた。
76歳の母にとって、それがどれほど凄いことか。
そして、その時間を共有できたことが、私にとってどれほど幸せなことか。

親と一緒に過ごせる時間は、私たちが思っているよりもずっと短い。 「また今度」と先送りにするのではなく、今、隣にいる親の手を取り、どこかへ出かけてみてほしい。
たとえ雨が降っても、道が険しくても、そこで共有した時間は、いつか親孝行な登山という枠を超え、あなたの人生を支える一生モノの宝物になるはずだ。

私たちの5日間の冒険は、ここで終わる。
けれど、この山が教えてくれた「信じて寄り添う」という姿勢は、これからの私たちの日常を、きっと豊かに照らし続けてくれるだろう。

Instagramでも黒部川流域登山の投稿を動画でしています。インスタアカウント@tk.zero123

コメント

タイトルとURLをコピーしました